2019/05/13《気になる…》20世紀のファッションを変えた5人の天才ファッションデザイナー

タグ :

#デザイナー
#ファッション

written by

志門倉田

志門倉田慶應義塾大学 環境情報学部4年

大学二年時にベンチャー2社で役員を経験。その後はフリーのwebデザイナーとして働く。現在は、8crossのクリエイター、一般社団法人クロスポイントプロジェクト理事を兼任する。

【1】1940年代 エルザ スキャパレリ

エルザ スキャパレリの服の特徴は、ファッションとアート(シュールレアリズム)の融合である。例えば、電話型のバッグやハイヒールを模した帽子など彼女の作品はかなりシュールレアリズムの影響を受けている。また、彼女は服に新素材を熱心に取り入れた。レーヨンを積極的に用い、ビニールやセロファンを使った実験的な服作りをなどである。また、1940年代の同時期に活躍していたガブリエルシャネル装飾やアートの要素をファッションから取り除き、派手ではないシンプルなスタイルを提案していたのに対して、当時の既成概念を打ち破るようなショッキングピンクなどの色使いの前衛的なスタイルを提案していた。しかし、彼女の服は服というよりも、シュールレアリズム的な芸術作品なのである。服そのものを革新する意識は薄く、シルエットや技術面の新しさは見られない。しかし、芸術的で前衛的。これらが彼女のデザインの特徴なのである。

【2】1970年代 高田賢三

高田賢三の特徴は、西洋と東洋の融合である。彼は、文化服飾学院を卒業後、アジアやアフリカなど様々な地域に行き、そこで出会った人々や自然に触れてそこから多くのインスピレーションを得た。70年代当時は立体裁断というとオートクチュールが主流であったが、プレタポルテにも立体裁断を取り入れ、そこに東洋の着物のような平面裁断を融合しそれを彼が異国の地で出会ったものを色彩や素材といった形で落とし込むことで高田賢三独自のカラフルで力強いものになったのである。彼のコレクションは、「色の魔術師」と呼ばれるほどにカラフルで鮮やかに自然や旅と言ったものが表現されている。対極にあるものが見せるコントラストを異なった素材、色、文化を融合し、表現することで今までにない新しい価値観を提供する。このデザイン手法は、まさにKENZOならではの特徴であり、その親しみやすく、遊び心を持ったデザインは、高田賢三の原風景なのである。

【3】1980年代 川久保玲

川久保玲の服の特徴は、とにかく斬新で冒険的なものが多いということである。彼女のブランドであるCOMME des GARCONSは、フランス語で少年のようにという意味である。この名の通り、彼女の作る服はデザインと表現に対してとても少年のように冒険的なのである。たとえば、COMME des GARCONSがパリコレデビューした1982年当時のプレタポルテは、黒系統の色は反抗などを表すためあまり使用されてこなかった。また、当時のプレタポルテは体のラインを意識したセクシャルなものが多かった。しかし、川久保玲はこの常識を打ち破り、黒く、素材は穴が空いていたり、古着のようなものを使用し、服と身体の間に空間を開けたコレクションを発表したのである。このようなCOMME des GARCONSのクリエイションは、ファッションを通した川久保玲の社会へのメッセージであり、彼女自身の哲学そのものであるのだと思う。

【4】1990年代 マルタンマルジェラ

マルタンマルジェラの服の特徴は、「脱構築」と呼ばれるようにファッション業界の常識を覆すメゾンなのである。例えば、彼が1997年に発表したドレスに菌類を植え付け、時間とともに模様が変わるとうデザインなどもそうであろう。これは、服は常に新しくあるという概念に対するアンチテーゼなのであると思う。また、「メゾンマルジェラ」ではなく、服そのものの価値を知ってほしいというメッセージが込められているのも大きな特徴である。マルジェラのブラントタグは一部レザー製などの商品を除きタグの四辺が簡易的に縫い付けられているだけである。これは、ブランドにこだわらずに服そのものの良さを感じてほしいから、あえてタグを取って着れるようにしてあると言われている。他のメゾンが服にタグをしっかりと縫い付けたり、プリントしたりする中、マルジェラのタグは服の意味を探求し続けるそのファッションへの姿勢が現れているのだと思う。

【5】2000年代 エディスリマン

エディスリマンの服作りの根底には、ロックへの愛が込められている。また、彼のデザインは、2001年からクリエイティブディレクターを務めているDior hommeに見られるように非常にシンプルなものである。無駄な装飾やアートな要素を極限まで削ぎ落とし、体のラインにフィットする美しいシルエットと洋服本来の良さのみで勝負をしているのである。エディスリマンが活躍した2000年代にはストリートやヒップホップなどのゆるいシルエットが流行していた。そんな中、2005年にエディスリマンがDiro hommeから発表した春夏コレクションは、「グラム期」と呼ばれ世の中の若者たちを一気にモードの世界に引き込んだ。今でこそ、スキニーパンツは様々なブランドで売られているが、この基盤を作ったのはエディスリマンその人だろう。彼のシンプルで街中で普通に着られるロックテイストなデザインは唯一無二なものなのである。

関連記事

おすすめ記事