2019/08/08《運営者からの最新情報》お遍路の記録発信、はじめます。【ROUTE88〜平成最後のお遍路さん epi1】

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佐藤玄主一般社団法人CPP代表理事

1999年11月20日 兵庫県芦屋市出身。本名は佐藤玄主。芦屋市立山手小学校在校中にボランティア活動の任意団体「超丸商店(芦屋山手超丸会)」設立し、ボランティア・スピリット・アワードを受賞。その後、尼崎市立尼崎高等学校を経て慶應義塾大学経済学部通信教育課程に在学中。2018年には西宮神社の伝統神事「福男選び」において一番福を獲得。2019年には一般社団法人クロスポイントプロジェクトを設立した。現在は転学を目指し、社団法人運営の傍でひっそりと受験対策をしている。

「平成最後のお遍路さんプロジェクト」とは

2019年2月。当メディアを運営する一般社団法人クロスポイントプロジェクトのメンバーの佐藤と山住は、四国八十八か所お遍路の旅を歩いて巡礼しました。詳しくは、以下のリンクを参照してください。
平成最後のお遍路さんクラウドファンディング

※現在は、コラムページに「遍路特集」というカテゴリーを作り、遍路の紹介をしています。これからサイトリニューアルをする予定ですので、リニューアル後は四国遍路特集のページができる予定です。
当面の間は、こちらのコラムで遍路情報をお楽しみください。

「ROUTE88〜平成最後のお遍路さん」遍路の記録を発信します

令和元年8月8日という、なんとも演技の良い数字が並んだ本日より、お遍路の記録発信を始めます。タイトルは、直感で「ROUTE88〜平成最後のお遍路さん」とつけました。ROUTE88とは、アメリカのROUTE66のパロディです(笑)

では、私のお遍路での思い出をありのままに描く「ROUTE88〜平成最後のお遍路さん」をお楽しみください。

epi1 発心

2019年2月26日正午。私の遍路がスタートした。
そもそも、お遍路に興味を抱いたのは小学生の頃まで遡る。特に小学5年生の頃は「遍路に行きたい!」というのが口癖だったのではないか?私の小学校の同級生に話を聞くとわかるかるだろう。かなりの変人小学生である。

私は、昔から多くのことに挑戦を続けた。人生も割と順調に歩んできた方だと思う。だが、高校3年生から状況は変わりだした。

陸上競技に取り組んでいた私は、順調に成長し、全国インターハイ出場を目標として練習に取り組んでいた。しかし、高校最後のインターハイで足に疲労骨折を患ってしまったのだ。
その結果、推薦をいただいていた大学からも知らん顔扱いされ、浪人を決意。無論、レベルを下げれば合格できる大学はあったが、「ここでレベルを下げて大学に行くか、それとも自分のやりたいことができる環境が整備されている大学に頑張って入学するか」と考えた私は、後者を選び、勉強を開始。

そんな受験勉強の気分転換に出た西宮神社の福男選びで転機が起きた。
なんと、1番福を獲得したのである(2018年)。
1番福を獲得した私は、多くの方に「福」をお分けしようと、自主的に高齢者施設の訪問やイベントの参加を行なった。学力もスムーズ?(笑)に伸び、大学受験に挑戦したが、結果は志望する慶應義塾大学・筑波大学に不合格という結果に。法政大学・福岡大学には合格することができたが、やはり第1志望の不合格が忘れらない私は、もう1度挑戦することを決意。

だが、正直この時点で、多くのことに挑戦しすぎてキャパオーバー。

自分とは何か。

幸せとは何か。

自問自答を繰り返した。確かに、多くのことに挑戦し、周囲の人々にも喜んでもらっている。だが、何か心がモヤモヤしていた。
そこで「お遍路」の存在を思い出したのだ。

わずか19年の人生ではあるが、福男獲得や9歳でボランティア団体の設立など、人とは違った活動をしている私は、正直人生に疲れていたのかもしれない。
かといって、周りには常に元気さをアピールしている。だからこそ、自分を見つめ直す時間が欲しかったのだ。

日本文化に興味があり、人々の出会いが好き。
私の「好き」なことに当てはまるお遍路に、「今行かなければ!」と考えた私は、すぐにお遍路に行く準備を始めた。

やる!と決めれば行動までは半端なく早い。

この「ROUTE88~平成最後のお遍路さん」では、お遍路で感じた「真の幸せ」という普遍的な題目についてを記していく。