2019/05/23《教育》市尼生という誇りを胸に。【大変な時だからこそ読んでもらいたい】後輩へ送る魂のメッセージ

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佐藤 玄主

佐藤玄主8CROSS 編集長

1999年11月20日 兵庫県芦屋市出身。芦屋山手小在校中にボランティア活動の任意団体「超丸商店(芦屋山手超丸会)」設立し、ボランティア・スピリット・アワードを受賞。その後、尼崎市立尼崎高等学校を経て慶應義塾大学経済学部通信教育課程に在学中。2018年には西宮神社の伝統神事「福男選び」において一番福を獲得。2019年には一般社団法人クロスポイントプロジェクトを設立した。現在は転学を目指し、社団法人運営の傍でひっそりと受験対策をしている。

なぜこのタイミングでコラムを投稿するのか

1日一件はニュースで体罰問題についてが取り上げられる現代社会。
とうとう私の卒業した高校もその話題で取り上げられてしまった。
この件に関しての発言は伏せていたが、数件のメディアから卒業生としてのコメントを求められた。
はっきり言ってこのようなネガティブな問題に関しては、私がどのような内容のコメントをしてもマイナスな発言のみを切り取られ報道されることは言うまでもなく自明である。
それならば…ということで今回は8CROSSにて思いを伝えることにした。
今回のコラムは体罰問題を把握していると認識した上で書き進めていきたい。参考記事は以下の通りである。
バレー部体罰は常態化、コーチだけでなく監督も体罰 市尼崎高問題で市教委会見
SNS上では記者会見の様子が話題になっていますが、校長先生は今年から着任、教頭先生も数年しか市尼に携わってないので、たどたどしくても仕方がない気が…

愛はいくら注いでもいい。しかし、暴力からは憎しみしか生まない

指導者(先生)は選手(生徒)が可愛くて仕方がない。私も過去に総合型地域スポーツクラブにおいて、小学生陸上教室のコーチを経験したことがある。練習中にふざけてしまっていた子もいたが、なぜか可愛いものだった。時には言うことを聞かないこともあるが、そこで叩いたり暴力を振るってしまっては逆効果となると考えていたので、「言葉」で指導することを貫いた。
私は以前、父から子育てについて言われることがある。
「愛情はいくら渡してもイイ。でもお金は絶対に渡してはいけない」と。
当初は意味がわからなかった。事実、私は幼少期よりお小遣いをもらったことは一度もない。バイトを始めるまでで、お金が必要な時は風呂掃除やトイレ掃除などの家庭内で貢献したらもらえる制度であった。しかし家庭が貧乏だったかというとそういうわけでもない。今だから分かる。お金を無条件で与えてもらっていては俗にいう「(金持ちの)ボンボン」になってしまう可能性が高い。自分でお金を稼ぐことで「生きる力」が育まれ、それが結果的に人格形成に繋がっているのだった。幼少期から一度もお金を私に与えなかった父には感謝している。また、お金はあげると減るが、愛はいくらあげても減らないのだ。
これをスポーツ指導に当てはめたとする。愛情を選手に注ぐのは構わない。しかし、そこに暴力は果たして必要だったのだろうか?面と向かって、「言葉」というツールを通して互いの気持ちを伝え合うことがよかったのではないだろうか。そこを「暴力」というツールを軽々と使用したことに関しては私は良い行動ではないと思っている。もし、「言葉」で心と心で話をしていれば、選手自身にも「今後はこのように行動していかなければな」という成長に繋がったのではないか。一方で「暴力」の場合は「なんやねん、痛いな」というような憎しみしか生まれないのではないか。
高校には当事者となる先生と選手が在籍しているため、あくまでも私の一意見だと考えて下さい。
※画像提供:羽田悠人(卒業生)

そもそも体罰の定義は

どこまでが体罰なのか?という範囲は実は定義されていないためよくわからない。もしかすると、先生が生徒の頭をふざけて軽く「アホか〜!」というように叩いただけでも、叩かれた側が不快に思えば体罰なのかもしれない。また、体罰を行なっているのが市尼だけなのか?と聞かれるとそうではないだろう。正直、多くの学校で行われてるのではないだろうか。昭和時代まで遡れば、逆にそれが普通だったのかもしれない。
ニュースでもよく「あなたは体罰に賛成ですか?反対ですか_?」というアンケートが実施されている。実は私も少し前までは「言うこと聞かないやつはシバいたれ」という賛成派の考えだった。他の体罰賛成派の声には「昭和みたいな教師がいないと生ぬるい教育になる」というものもあった。しかし、私は今は体罰には反対だ。やはり互いの心を通わせなければ問題解決には至らないと考えているからだ。
※画像提供:安田凌(卒業生)

結局は見せしめ?メディアやSNSに惑わされてはいけない

実は「見せしめ」として、大きく報道されていると言う面があるのではないか思う。実際、市尼現役生からも「体罰なんて本当にあったのかな?」「内容が過剰になって報道されている気がする」という声があった。
こんな例を出すのも適切ではないかもしれないが、風俗業界に目を向けてみる。風俗店が密集した地域では、実は毎年1件〜2件が警察に摘発されるのだ。それは完全に「見せしめ」としてである。どこかの店を摘発することで、「他の店も気をつけろよ。あまり派手に営業してたら摘発するよ」という無言のメッセージが込められているのだ。
風俗業界と教育界を比較するのはよくないかもしれないが、ほとんど似ていると考える。風俗店はどこの店も、やっている内容は同じである。学校だってそうだ。どこもやっている内容は授業、部活動などでほとんど一緒だ。もちろん、生徒が信号無視や飲酒・喫煙などのちょっとした適切でない行動ぐらいどこの学校にも少しはあるだろう。(ないかもしれないが、あくまでも一意見だと考えて下さい)だが、これらの良くない行動をやめさせるためにもどこかの学校が犠牲にならなければならない。俗に言う「足元をすくわれてしまった」ということだ。
それが今回が市尼だったのではないだろうか。今回は市尼がピックアップされているが、これは「体罰してたらこんな風に取り上げちゃうよ」という他の学校への無言のメッセージなのだろうと思ってしまう。
また、SNSに目を向けると現役生が市立尼崎高校に対するアンチ的投稿に過剰に反応しているようにも思える。その行為はアンチ的な投稿をしている側の思うツボである。反応すれば反応しただけ相手は喜ぶ。確かに母校をバカにされたりするのはどんな生徒でも嫌だろう。しかし、ここはグッとこらえることが大事だ。

先生が指導しやすい場の提供を

確かに近年ではモンスターペアレントや体罰とすぐにニュースで取り上げられることにより、先生が指導をしづらい環境になってきたと感じる。私の知り合いには「別にいいよ怒られても。最悪親に言いつけるし」という言葉が口癖の人もいた。私は恥ずかしくてそんなこと絶対に言えない。
私は先生方が指導しやすい環境を整備することが先決ではないかと考える。まずは親が先生を信頼し、子供を丸投げしなければいけないだろう。
我が子が可愛いのは良く分かる。いや、まだ子供はいないし、結婚すらしていないので憶測で語る。可愛いからといって、「うちの子供を叱らないで下さいっ」と文句を言う親が沢山いる。果たしてそれは正しい行動なのだろうか?私はその逆だ。「可愛いからこそ、叱ってやってください」と先生に言う方がよほど指導しやすいのではないだろうか?また、そのように先生も精神的に余裕が出てくることで体罰などの問題も減少していくと考える。もちろん、丸投げしていて、先生が生徒に手を出すこともイレギュラー的にあるだろうが、それは先生側が悪い。
ちなみに私の両親は小学校〜高校まで先生に「うちの子をボコボコにしてください」と言い続けた結果、私はテストで点数が悪ければ生徒指導室で坊主にされたり…と色々なエピソードが生まれたのだ(笑)ただ、今思えば多くの先生と良い関係性を持つことができたと考えている。
結論として、「可愛い子には旅をさせろ」という言葉もあるように、本当に子供が可愛ければ、苦労を味わわせることも大切なのです。「怒られた」という「経験」を積むことで「今後失敗しないようにここを改善して…」などといった頭で考える力が育まれるだろう。

「正しく・強く・美しく」を胸に前進あるのみ

市尼の校訓は「正しく・強く・美しく」である。私はこの言葉を胸に3年間の高校生活を過ごした。特に私の所属していた体育科では、スポーツのみならず文武両道の姿勢を保つように教育されてきた。私は市尼の体育科を選んで本当に正解だったと思います。
人生は決断の連続だ。市尼を選ぶと言う決断、体育科に入ると言う決断、〇〇部に入ると言う決断。どれも100%自己責任で、決断したからには最後までやりきる。この姿勢も市尼で学んだ人生の宝物の一つである。
※画像提供:羽田悠人(卒業生)

人間力の向上無くして競技力の向上なし

陸上競技部に所属していた私は、入学時と同時に短距離の監督となった金崎先生に指導を仰いでいた。先生より私の節目節目にこんな言葉を頂いた。
「人間力の向上無くして競技力の向上はあり得ない」
「人生において陸上をやる期間より、社会に出て働く時間の方がはるかに長い。だからこそ、社会に出ても恥じない人間を形成しなさい」
正直言って、私はどの生徒よりも金崎先生に怒られていた自信がある(笑)だが、どんなことがあっても私は先生を信用していたので、苦ではなかった。「苦」とは考えず、「自己向上のための勉強」と考えるようにしていた。その結果、記録も向上した。もちろん常に良い記録が出たわけではなかった。悔しい思いもした。しかし、私が部長を務めた代にチームとして県総合優勝をできたもの金崎先生や投擲の大久保先生、そして何より素晴らしい仲間たちに恵まれたからである。私はそんな市尼が大好きだ。
こうやって先生のことを信頼できるのも、もちろん市尼に推薦してくださった中学時代の唐須京子先生が背後にいることを想定していると言うこともあるが、なにより、金崎先生が「言葉」で私に全力でぶつかってきてくださったからである。これでもかっ!と言うぐらい金崎先生の言葉が私に飛んでくる。だが、その言葉の真意を考えることで自己向上に繋がった。感謝の気持ちでいっぱいだ。

「市尼生」であることに自信を。

後輩に一番伝えたいこと。それは「市尼生であることに誇りを持って欲しい」ということだ。市尼は誰もが入れる学校ではない。全員が受験で選ばれて入学しているのだ。それに過去には野球で甲子園出場、ラグビー部の県決勝進出、サッカー部、女子バスケットボール部、柔道部、テニス部、体操部などの多くの部活でのインターハイ出場。陸上競技部、バレー部のインターハイ制覇などのスポーツ活動での栄光だけでなく、甲子園では吹奏楽部が毎年、沖縄県の代表校の演奏を務めている。定期的な地域の清掃活動なども積極的に行っている。これらすべてが「市尼生クオリティ」なのだ。決して今回のことで自信を喪失する必要はない。

味方は作らなくてもいいが、敵は絶対に作るな。作ったら味方に取り込むのだ!

今、この状況では多くの「敵」が存在する。しかし、その「敵」も上手く「味方」に引っ張ればいいのではないだろうか?これらは別に意識することはない。いつも通り、市尼生として教育されてきたことを自然と行動に写せばいいのである。とにかく行動あるのみだ。下を向いている暇はない。
まずは強みを生かそう。私が思う絶対的な強みは「挨拶」だろう。この1年間、全国各地を旅した。学校の前もかなり通った。しかし、市尼の挨拶を超える学校はなかった。カバンを一度地面に置いて挨拶する、自転車に乗ってても一度止まり、スタンドを立ててから挨拶をする。現役時代は「めんどくさい」と思うかもしれないが、卒業生となり客観的な立場で見てみると、これはかなりすごいことである。
まだまだ学校に報道陣が押しかけるかもしれない。しかし、いつも通りにあの挨拶をしていれば、「おっ、ここの学校すごい。」と思わせることができるかもしれない。それらが応援したいと言う気持ちにつながることだってありうるのだ。
ちなみに先日ニュースで報道されていた時は、カメラでは、ぼかしが使用されていたが、しっかりと挨拶している市尼生の姿があった。報道陣はそのような市尼のナチュラルな姿をも報道して欲しいものだ。
冒頭では「敵」というように表現したが、「敵」だと思う必要はない。かと言って「味方」につける必要もない。「味方」は作らなくてもいいが、「敵」は絶対につくってはいけない。はっきり言って、世の中トラブルを起こすことは容易である。逆にトラブルを起こさない方が難しいのだ。そのためにも余計なSNSなど含め、余計な行為は慎むようにしてほしいものだ。さらに「足元をすくわれる」要因を作ることにもなりかねない。

最後に。私は今回の件をポジティブに捉える

今回の件を私はポジティブに捉える。市尼は兵庫県で近年トップを歩み続けてきた。だが、今回の件で少し下がってしまった。ということは、もう上がるしかないのである!ここでアクションを起こすのは君たち、市尼生だ。このまま何もせずに、普段通りに生活を送れば何も変わらない。しかし、挨拶時に声をいつも以上に張ってみたり、駅前でポイ捨てなどをしていないか、いつもよりもよく地面を見るなどの「当たり前の行動+α」を行ってみてはいかがだろうか。それは市尼の向上だけでなく、自己向上、そして競技力の向上にも繋がるだろう。
そして、「市尼生偉いな」と多くの方に思ってもらう次元を通り越し、「市尼生偉いけど、それを指導してる先生方も素晴らしいな」と思わせてしまえば◎である。
他人と同じように「普通」に生活を送っていても、「普通」にしか時は流れない。だが、他人に流されずに「自然」に生活を送ることで、その人ならではの「独創性」が見えてくる。「自然」の中には「自分の意見」も含まれるのだ。「普通」と「自然」の違いは、かなり理解に苦しむと思う。「普通」と「自然」は似ているようで違うのだ。あなたは今、「普通」に時を過ごすのか、「自然」に時を過ごすのか。しっかり考えて欲しい。
多少、上から目線な内容にはなってしまったが、これからの市尼を創り上げていくのは現役生、君たちだ。我々卒業生も市尼に全力で貢献していく。無論、人間誰しも違う意見を持つので私のコラム内容に賛成できない人もいるだろう。しかし、一人でも多くの市尼生がこのコラムを読むことで、自分のやるべきことを考えるきっかけや、自分ならではの意見を考える一助になれば幸いである。
※この投稿により誤った解釈をする現役生もいるかもしれません。しかし、あくまでも私の一意見です。現役生はこれからも、いつも通りの明るさと持ち、「謙虚・素直・正直」といったことを大切にして高校生活を送ってくださいね。(意見のクセが強すぎて炎上したらすみません)

【おまけ】福男が福を吸い取った?!

市尼では過去に2度の福男が誕生しています。その一人が私です(笑)
先日、市尼に行くと後輩から、「福男が市尼の「福」を全部吸い取ったんじゃないですか?と言われました(笑)

食中毒や当て逃げ被害など…歴代の福男には不幸が相次いでいる?
福男は本来、福を皆さんにお分けする役ですので、ご安心ください!(そう言う意味では、この記事も相当あることないこと書いてるな…)
福男になった時も市尼で多くの人に喜んでもらえました!いい学校だなと私も再確認できました。人間を見る時もそうですが、「悪い点」を見つけることは簡単です。「良い点」をたくさん見つけるようにしましょう!現役生の皆さんも「市尼いいとこウォッチング」をしてみてくださいね♩

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